いつでも「自分」を持つこと

6月 20, 2008

今日も、歩いて大学へ。アフリカの政治を学んでいます。

もともと、政治とか、社会問題とかに興味があった。でも、大学一年生の時、セオリーを頭にたっくさん詰め込んだ結果、答えが何もないことに気がついた。

思えば、どうして未だに政治学を取り続けているんだろう。

アフリカは、国ではなく、大陸で。他の大陸よりも、遥かに多い人種と文化があり、深く長い歴史があるところ。生活基準が最も低いとされている国があるのも、アフリカ。植民地にされていた国々の抱える問題は、今も昔も変わらない。何がそんなに悪くて、貧困に苦しむ人々がいるのか。政治やエリートと呼ばれるブルジョア階級の人々の堕落。世界平和と口では言うけれど、結局は欧米のシステムを押し付け、コントロールをしようとする多くの先進国ら。

欧米が勧める「民主主義」が本当に彼らの“答え”になるのか、というのが今日のテーマだった。講義中に、たくさんの論争が始まった。ラテンアメリカ(中南米)の民主主義から、東アジアの「成功」、貧しいインドの民主主義。アラブ国の政治スタイル。

そんな中、私は、どの立場に立つ人間なんだろう。私は、どうしても、欧米の「民主主義」と定義されているものから、他の国の政治システムも見てしまう。比べてしまう。民主主義がユニバーサルであると言う学者たちと、民主主義はアフリカでは通用しない、と言う学者たちも多数いる。それはもちろん、20世紀にアフリカの多くの国が、欧米の民主主義を取り入れようとし、失敗したケースを元にしている。

アフリカが欧米の民主主義を借り、自分たちをも変えようとした。私は、民主主義が日本に到来してから、日本人の考え方が変わってきていると思う。ただ、日本人は、柔軟に「欧米時代についていかなければいけない」ということを、理解したんだと思う。私の「私」も、結局は、出会った人や、読んだ物、どこかで経験したことから成っていて、変わってきた。前は、どんな風に物事を考えていたかすら、思い出せない。

アフリカ人は違う。ずっと自分たちのやり方、守ってきたもの、歴史、それらを変えたくないという思いで戦っている。変える必要はないんだ、と。でも今、教育や社会参加を強く訴え、NGOが働きかけている。

教育は、人を変える一番の力を持っていると思う。だから、私は恐ろしいと思う。アフリカの子供たちも、いつかは私たちの様に、情報に埋もれ、大切だったものを見失ってしまうこと。金と権力のために、「正義」とか、「人権」とか、訴えているようなやつらを、モデル(目標)にされちゃ困る。

アフリカの人々に教えられる毎日。

 

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